日米で20万人以上が亡くなった76年前の沖縄戦。その犠牲者の遺骨が眠る土が、沖縄県名護市辺野古の海で進む米軍基地建設の埋め立て工事で使われるかもしれない。そうした懸念が、遺骨収集に長年かかわる人や遺族に広がっている。何が起きているのか。
沖縄ではいまも、年間20~100柱の遺骨が厚生労働省の事業やボランティアの手によって収集されている。その現場のほとんどは、3カ月に及ぶ地上戦の末、日本兵と民間人が混在して米軍に追いつめられた最後の激戦地、沖縄本島南部だ。
40年近くボランティアとしてかかわる市民団体「ガマフヤー」の具志堅隆松(ぐしけんたかまつ)さん(66)は、本島南部を中心に森や林を歩き、兵士や住民が避難していたとみられるガマ(自然洞窟)を見つけては、熊手を使って土を掘っている。
昨年9月からは、糸満市米須の雑木林で手つかずのガマが見つかり、通っていた。地中からは砲弾の破片やさびたノコギリの刃のほか、歯がついたままのあごの骨が見つかった。警察に連絡し、戦時中のものの可能性が高いことを確認した後、県に引き渡した。
異変は11月初旬に起きた。熊手をもっていつも通り現場を訪れると、雑木林の大半が、土がむき出しの更地に変わっていた。「鉱山」。採石場になったことを示す看板が立っていた。
遺骨が見つかり、なお収集を続けている現場に突然、重機が入る経験はこれまでにない。具志堅さんの脳裏に浮かんだのは「辺野古の海に使うのか」という疑念だった。
昨年4月、防衛省は、辺野古の…
2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル